――酔いは、飢えを呼び覚ますものなのかもしれない。
ふと、意味もなくそんな考えが頭の片隅をよぎった。
男も自分も、疲労した身体に焼けるような強い酒を満たして、体が火照っている。
空気はひんやりとしているのに、互いに触れ合う肌は熱く、その熱の在り処を確かめようと、乱雑な手つきで殆ど同時に上着を脱ぎ捨てた。
何の照かりもない室内で唯一つ、二人の傍に燃える暖炉の火だけが、クイーンの目の前にあるゲドの裸身を揺らぐ赤い光で浮かび上がらせていた。
男に押し倒された床の堅い感触が、脱ぎ捨てた上着越しに背中に伝わって快適とは程遠かったが、それにすら煽られて、クイーンはたまらず目を閉ざした。
その隙を狙うように、唇を塞がれる。
時に優しい労わりが込められるそれは、今は男の征服欲だけを乗せて、クイーンの唇を這い回る。クイーンは反発心を込めて男の唇を軽く噛んでやった。
酒臭い息と共に、舌を絡め合う。
ゲドの左手はクイーンの右手首を床に押さえつけ、空いた方の手は黒髪を梳いている。その手が額から頬に下り、首筋を伝ってゆっくりと下ろされてゆく。
ぴく、と反応を返しそうになって、クイーンは眉をひそめて顔を横にそらそうとした。
それに気付いたゲドが、ほんの少しだけ唇を離す。クイーンは息を堪えながら、ゲドの眼に映る炎をちらりと見遣った。
「……今日はやけに、積極的じゃないか」
「お互い様だ」
「そうでもないと思うけど……っ」
息が上がりそうになり、クイーンは唇を噛み締めた。ゲドの右手が、胸の突起を摘み上げたのだ。
一見淡々と行為をしているように見えるが、ゲドの肌に籠もる熱が、その実際を示している。
「酔った勢いで、その気になったかい?」
クイーンが軽口を叩けたのはそこまでだった。
隻眼が細められ、男の顔がクイーンの耳元に移った。
「……すぐに分かる」
その短い言葉と共に耳朶を甘噛みされ、同時に乳房の突起も指で揉み解されて、クイーンは我慢しきれずに身をよじった。
常ならば躊躇いを含んだまま、クイーンの反応を窺うように施される愛撫が、今夜はゲドの飢えをあからさまに晒して、クイーンの肌に点々と赤い斑点を遺してゆく。
明らかに、ゲドは欲情していた。裏返せば、それはクイーン自身の欲情でもあった。
身体に潜む飢えた感情に、ピークに達した疲労が火をつけたのだろうか。互いに求め合って増倍した本能が、ゲドの手指と舌を伝ってクイーンの身体を過敏にした。
まともな言葉の代わりに出てくるのは、すすり泣く様な鼻にかかった甘い声だけだった。
「……もう少し、声を落としたらどうだ」
「誰のせいでっ……」
クイーンはゲドに知られ尽くされた箇所を攻められ、理性なく喘いだ。扉の向こうでは、未だに宴が続いている。その配慮をする余裕もなく、次第に高くなる己の声を忌々しく思いながら、クイーンは懸命に息を噛み殺した。
ゲドの手が、クイーンの下半身を覆うズボンのボタンにかかる。意外なほどの器用さですんなりとボタンが外される。
そのまま迷いなく滑り込んできた男の手を下腹部に感じ取って、クイーンは頭を少しもたげてゲドの頭を見下ろした。
自由の利く方の手で、軽く男の頭を押しやる。
「ち、ちょっと…せっかちだね」
ゲドは顔を上げ、渋々といった風に手を退かした。
「自分で脱ぐから、ちょっと退いとくれ」
クイーンが促すと、ゲドが身体をずらそうとする。
その隙を、クイーンは見逃しはしなかった。
身体を支えていたゲドの手首を取り、自分のほうに引き寄せて、倒れこませる。と同時に身を引いてくるりと起き上がり、先刻とは逆の体勢をとった。
女に組み敷かれる形になったゲドは、顔をしかめてクイーンの顔を見上げた。
「おい……」
クイーンはにんまりと笑い、男の胸板に指を走らせた。
「この方が、焦らされてイイだろ?」
それに、いいように鳴かされたままなのは、自分の性にも合わない。
クイーンは男の鎖骨をゆっくり撫で上げ、手始めに首筋に口付けを落とした。その間も、指は男の引き締まった体躯を愛でている。
浅黒く日焼けしたゲドの身体が、クイーンはお気に入りだった。バランスの取れた骨格を、日頃の戦闘で鋼のように鍛えられた筋肉が覆っている。
肩の辺りや腹筋をさわさわと撫で上げつつ、クイーンはゲドの耳朶をぺろりと舐め、囁いた。
「さあ……どうしようかね?」
・・・NEXT?・・・